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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)114号 判決

原告 荒しのぶ 外一七四五名

被告 東京都豊島区長・東京都知事

主文

原告らの訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら代理人は

被告豊島区長は、原告らに対し、豊島区議会が昭和四〇年九月二四日に可決した「町区域の新設について」と題する豊島区住居表示第二次計画のA二区(別紙図面(一))の名称を西池袋二丁目とする議決に対し、昭和四〇年一〇月一五日になした裁決を取り消し、右議決を議会の再議に付し右裁決にもとづき同日東京都知事になした届出を取り消す。

被告東京都知事が昭和四〇年一一月一日に別紙図面(一)の西池袋二丁目についてなした町区域の新設に関する告示を取り消す。

訴訟費用は被告らの負担とする。

旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告豊島区長は住居表示に関する法律を実施するため、別紙図面(二)の町区域につき別紙図面(一)のとおり街区割りし同図面のA二地区の新町名を西池袋二丁目とする「町区域の新設について」と題する議案を区議会に提出し、区議会は昭和四〇年九月二四日これを議決した。被告区長は同年一〇月一五日右議決を裁決し、同日右町区域の新設について被告都知事に届け出、同人は同年一一月一日付東京都告示第一〇二七号をもつてこれを告示し、右告示は昭和四一年一月一日からその効力を生じた。

二、原告らはA二地区の住民であるが、同地区は旧高田町に属する目白町三、四丁目、雑司ケ谷町六、七丁目および旧西巣鴨町に属する池袋三丁目からなり、同地区の大部分は昔から目白台と称せられ、区制施行以前はB地区である豊島郡高田町大字雑司ケ谷に属し、他のA地区の同郡西巣鴨町大字池袋とは歴史的にも地理的にも異るものであるから、A二地区に目白の名称をつけることは西池袋の名称をつけることに比し住居表示に関する法律第五条および東京都における住居表示の実施に関する一般基準により適合するものである。(なお街区割りについては争わない。)そこでA二地区において新町名を「目白〇丁目」と希望する者の署名をとつたところ同地区居住者の過半数の署名を得たので同地区の住民は昭和四〇年六月二二日その結果を付して新町名を目白とするよう陳情書を区長と区議会に提出し、同年七月一六日新町名を目白と希望する世帯四五四というアンケートの結果(対象同地区内の七四〇世帯、回答数五五八)を付した陳情書の補充書を区長と区議会に提出した。更に同地区の住民のうち一二五〇人は同年九月八日に、四九六人は同月二二日にそれぞれ区長および区議会議長に対し住民過半数の意思を尊重するよう住居表示に関する請求書を提出した。

三、憲法九二条および地方自治法一条は地方公共団体の運営は地方自治の本旨に基づいて行なわれなければならないことを規定している。

地方自治の本旨とは地方公共団体の行政が直接住民の手によつて民主的に、多数決に基づいて運営されることであるから、区長および区議会は住民の公僕として住民多数の意思に基づいて区政を運営しなければならない義務があり、一方住民は地方自治運営の主体として長および議員を選挙しこれに自治行政を委任しているのであるから公法上の委任関係にある長および議会に対し正しい自治行政を行うことを請求する権利を有する。町名は歴史的に決定され、その住民は長年月地方自治団体として共同して生活してきたのであるから、その町名を非民主的に単なる便宜のために変更して昔から一体をなして団体生活をしてきた町民を分割することは住民生活に対する大きな干渉であり、町名の変更については当該地区の住民のみが直接の利害を有し他の地区の住民は利害を有せず無関心であるのだからこの場合における地方自治の住民とは区全部の住民ではなくA二地区の住民を意味するものである。

又住居表示に関する法律三条は「市町村は住居表示の実施に当つては住民にその趣旨の周知徹底を図りその理解と協力を得て行うように努めなければならない。」と規定しておりこれは一応の訓示的規定であるが法的効力をもつた規定であつて市町村が新町名の決定に当り住民多数の意思を無視した場合それは違法な行為となる。

本件新町名の決定は区議会の議決を経ているが、被告区長は区の行政の執行機関であり本件新町名の立案者、執行者としての責任を有し、同人が新町名を目白とする議案を提出すれば町名は目白と決定されたのにも拘らず、被告区長は前記の住民多数の意思を無視して新町名を目白とする議案を提出しなかつたのであるから、被告区長の本件議案提出の事務処理には違法があり、区議会の議決も住民多数の意思を無視している違法があるので、地方自治法二条一一項、一四項、一五項に基づき被告区長は右議決を裁決することができず、かつ右議決は法令に違反するものであることは明白であるから裁決をしないで同法一七六条四項に基づきこれを区議会の再議に付さなければならない義務があるというべきである。そして右新町名の決定は前記のとおり違法無効なものであるから被告区長の被告都知事に対する本件届出も無効なものであり、又被告都知事は右届出について当然にこれを告示するものではなく法令違反の有無を審査して告示をすべきところ、同人は本件新町名の決定が前記のとおり違法のものであることを知つていたのであるから右告示をすることは違法の処分としてできないにも拘らずこれをなしたものであつて無効なものといわなければならない。そして地方自治運営の主体である住民がその権利として、抗告訴訟を提起し行政の適法を是正できることは当然である。

四、よつて被告区長が地方自治法二六〇条に基づきなした区議会の議決に対する裁決および準法律行為的行政行為としての届出並びに被告都知事のした準法律行為的行政行為としての告示の各取り消しと、被告区長に対し議決を再議に付することを求める。なお右作為の請求は地方自治の本旨に従い当然できなければならないものである。

と述べた。

(証拠省略)

被告ら代理人は主文同旨の判決を求め、その理由として、

一、豊島区は、区の全域に合理的な住居表示を実施するため、住居表示に関する法律二条に規定する街区方式によることを、同法三条に基づき、昭和三八年三月五日豊島区議会の議決を経て定め、被告豊島区長は地方自治法二八三条一項、二六〇条に基づき町区域新設計画をたて便宜数回に分けて逐次実施することとした。

二、原告らの住居の存する本件新設町区域は第二次の実施計画に係るものであつて、従前の目白町三丁目、同四丁目、雑司谷町六丁目、同七丁目、池袋二丁目、同三丁目のそれぞれ一部からなり、新町名を西池袋二丁目とするものであるが、被告区長は町区域新設計画にあたり、住民の意向も十分聴取したものであつて、昭和四〇年九月二四日区議会の議決を経て、別紙図面(一)のとおり決定し、同年一〇月一五日これを告示した。被告東京都知事は、同月二五日地方自治法二六〇条一項に基づく被告区長の本件町区域新設に関する届出を受理し、同年一一月一日施行日を翌四一年一月一日とする告示をしたものである。

三、原告らは被告区長に対し本件町区域新設についての議決を再議に付するよう求めているが行政庁に直接特定の作為を求める訴訟は現行法上許されないものである。

原告らは被告都知事のした告示の取り消しを求めているが右告示は合理的な住居表示制度を実施し公共の福祉を増進するため被告区長が決定した町区域新設計画の効力を発生せしめるためになされたものである。従つて本件告示はその性格上単に実施地域に住居等を有する者らのみのためになされたものではない。すなわち町区域新設の効力は何人に対してもその効力を生じるものであり立法的行為に相当するものであつて抗告訴訟の対象たりえない。

又市町村や特別区内の町区域やその名称は法律上の関係ではなく単に地理的区画名称であるにすぎないから、右告示は結局事実の一般的通知の性質を有するにすぎず原告らに対し直接なんらかの法律的効果が具体的に発生するものではない。従つて原告らには右告示の取り消しを求める訴の利益がない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

被告豊島区長が、地方自治法二八三条一項、二六〇条に基づき、昭和四〇年九月二四日豊島区議会の議決を経て、原告らの住居の存する別紙図面(一)記載のA二地区の名称を西池袋二丁目とする決定をしたこと、右A二地区は、従前の目白町三丁目、同四丁目雑司谷町六丁目、同七丁目、池袋三丁目などのそれぞれの一部からなつていること、被告東京都知事は被告区長の同法二六〇条一項に基づく届出を受理し同年一一月一日告示したことは当事者間に争がない。

原告らの本訴請求は、要するに、被告豊島区長の行つた右町名変更の決定(原告が請求の趣旨第一項においていう被告豊島区長が豊島区議会の議決に対し昭和四〇年一〇月一五日なした裁決に当るものと解する。)および被告東京都知事の行つた右告示が違法無効であることを前提として、右各処分の取消を求めるというにある。

そこで、先ず、原告らがこれらの処分によつて、いかなる権利ないし法律上の利益を侵害され、従つて原告らにその処分の取消を求める法律上の利益があるかどうかについて判断する。

元来地方自治法二八三条一項、二六〇条に基づき、市長又は特別区長の行う町名変更の決定(都道府県知事の告示によつてその効力を生ずる)は、当該市又は特別区の区域内においてこれを区画する区画単位としての意味を有する町の名称を変更する効果を生ずるものであつて、これに伴ない例えば土地登記簿の記載(不動産登記法五九条不動産登記法施行令一、二条、不動産登記法施行規則三八条等参照、)住民票、選挙人名簿等における住居表示(住居表示に関する法律六条二項)などについてある種の法的効果を生ずることはあつても、当該市又は特別区の住民の権利義務に関する直接の処分ではないのであるから、これらの住民がこの処分によつて直接自己のなんらかの権利又は法律上の利益を侵害されるという特別の事情ある場合は格別、通常の場合には右の町名変更の決定およびその告示そのものを違法としてその取り消しを求める法律上の利益はないものというべきである。

原告らは、前記A二地区の町名を西池袋に代えて目白と表示することを強く希望しているが、このような意思ないし感情が侵害されたことが直ちに法律上保護に値いする利益の侵害であると断定することもできない。その他、原告ら個人の具体的な権利ないし利益の侵害についてなんらの主張も立証もない。

なお原告らは、憲法九二条、地方自治法一条等を根拠として、地方公共団体の住民はその長に対し直接正しい行政を行うことを請求する権利を有し、また抗告訴訟を提起して行政の違法を是正できると主張するけれども、その見解は全く独自のものであつて採用し難い。

それゆえ、原告らには被告豊島区長の本件町名変更の決定および被告東京都知事の本件告示の取消を求める法律上の利益はないものというべく、従つて、その他の原告の請求、すなわち本件町名変更手続の一環をなす被告豊島区長の被告東京都知事に対する届出の取消、被告豊島区長に対し区議会の議決を再議に付することを求める請求も、右同様抗告訴訟を遂行するに足りる法律上の利益がないものというべきである。

よつて原告らの訴をいずれも却下し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 中川幹郎 前川鉄郎)

(別紙省略)

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